――もしもあの時、違う道を進んでいたら――もしもあの時、この曲がり角を曲がっていたら――

 そしたら僕らは、今この部屋に居ないということになるね。



 選択するって、とても大事なことなんだ。それによって、運命は大きく変えられる。

 そういう風に「運命」に逆らってみるのは、ありじゃないのかな? それとも、その選択も「運命」の内かい?



 5.Cubs thinking about the future.





「――――――グリフィンドール!!」



 刹那、全ての音が消えた。

 ただの黒だったネクタイが、紅の地に金色の線が入ったグリフィンドールカラーに染まる。

 やや間を置いて、誰かが呟いた。

「まさか、ブラック家が・・・・・・」







 その少し前、新入生達はマクゴナガル先導のもと、大広間の戸をくぐった。

「リリー、リリー」

「なぁに

「上見て。空が見えるよ」

「あらホント。綺麗ね」

 小声で会話をしながら、はリリーをちらりと見た。

 表情が硬い。

「・・・緊張してるの?」

 そう問えば、彼女は少し驚いたようにこちらを向いた。そして、ぷっと小さく吹き出した。

「笑われちゃったよ・・・」

「あはは、ごめんなさい。だって、こんな雰囲気の中でストレートにそう聞いてくるとは思わなくて・・・」

 マクゴナガルの視線が、一瞬二人に注がれた。揃って口を噤む。

 呼名が始まる。そのざわめきと拍手に隠れるように、リリーが聞いた。

は、緊張してないの?」

「何で緊張するのか、わかんない」

 真面目な顔で答えられ、リリーは少しうろたえた。

 一方のはだって、と先を続ける。

「だって、今から一生に一度しか体験できない事をするんだよ? 緊張するなんて勿体ない。あたし、楽しみ。

それにね、どこの寮に入ったとしても、あたしはで、それはずっと変わることなんかできないから。

自分を信じられれば、それでいいと思うの。

リリーは? 変わっちゃう? そんな訳無いよね。リリー・エバンスはたった一人だもん」

 ね、そうでしょう?

 はそう言って、笑って首を傾げた。

 その笑顔に、惹き込まれる。

 駅でに出会っても尚、リリーは慣れない世界が怖くて仕方が無かった。



 見るものは全て「不思議」。

 聞くことは全て「常識外」。

 だけど

 そうだ、彼女の言う通り。

 どこに行っても私は私、リリー・エバンス。

 新しいことなら、これから知っていけばいい。

 慣れないことなら、今から慣れていけばいい。

 こうやって、の隣で。



「ええ、そうね」

 微笑み返したリリーの顔に、もう緊張の跡は見られなかった。





 二人はくすくす笑っていて気付かなかったが、呼名は既に、Bの欄に入っていた。

 少し離れたところに居る、ジェームズ、シリウスも、と同様に緊張のかけらも持ち合わせていなかった

 は「寮がどこか」、よりも「早く人ごみから離れたい」と思っている。

 ジェームズは訳の分からない確信で、「僕はグリフィンドールに違いない」と言っていた。

 シリウスが落ち着いていたのは、自身が入る寮が分かっていたからだ。

「ブラック家」といえば、純血主義の旧家の中でも、代表格中の代表格。

 この家系に属する人間でスリザリン寮以外に入寮した人が居る、なんて話は聞いたことがなかった。

 父の弟でありながら反純血主義を掲げる、叔父のアルファードですらスリザリンだったのだ。

 そんなわけで、シリウスはこの儀式を退屈にしか思っていなかった。



「ブラック・シリウス!」

 マクゴナガルが鋭い声で呼名した。

 行ってくるな、と二人に告げ、シリウスは壇上に上がり、帽子をかぶった。

 スリザリンのテーブルでは、彼の寮の名が叫ばれるのを今か今かと待ちわびている。

 純血の旧家で大富豪のブラック家。

 そこの長男で、次期当主。おまけに非の打ち所が無い容姿、ときたらこれはもう、大歓声で迎えるしかない。



「おいっ! ちょっ、待てよ!!」



 そのざわめきを破ったのは、焦ったようなシリウスの怒声だった。

「やけに長いと思ったら・・・シリウスの奴、なーに帽子と喧嘩してるんだろうねぇ」

「ね。彼の場合、もっと早く決まっていいものだと思ってたのに・・・」

 ジェームズとは呑気に顔を見合わせた。

「「まぁ、らしいっちゃらしいんだけど・・・」」



「――――――グリフィンドール!!」



 刹那、全ての音が消えた。

 ただの黒だったネクタイが、紅の地に金色の線が入ったグリフィンドールカラーに染まる。

 やや間を置いて、誰かが呟いた。

「まさか、ブラック家が・・・・・・」



 それを皮切りに、あちらこちらでざわめきが広がる。

 先ほどとは打って変わって、それはやけに攻撃的で嫌味なものだった。

 ジェームズとの二人も、自分達が顔を見合わせたまま固まるとは思っていなかった。

、今の・・・」

「前代未聞、だろう・・・?」

 確認するように言ったの言葉に、ジェームズも信じられないとばかりに頷いた。

 椅子の上で呆然としながら帽子を脱ぐシリウス。

 ジェームズ達の隣にいた時には考えられなかったような、ひどく狼狽した瞳で、彼は大広間を見渡した。

―――これから一体、どうしたらいいのだろう。

「ブラック、早く席にお着きなさい。後ろがつかえてしまいます」

 マクゴナガルに促され、渋々立ち上がった。

 視線が、痛い。

「さあブラック、早く」

 助けを求めるように、知り合いを探す。

 緑色の、スリザリンの席は見ないようにして。しかし、そうしてみると、知った顔なんて無いに等しかった。

 そして見つけたのは―――

・・・」



 掠れた声で、やっと一言呟いた。

 喧騒の中、この距離では声は届かない。しかしは、しっかりとシリウスを見据え、そして、微笑んだ。

 綺麗な朱色の唇が動く。



『お め で と う』



 瞠目したシリウスに一度頷き、は僅かに手を挙げて、グリフィンドールのテーブルを示した。

 一気に肩の力が抜ける。

 息を吐いて、微笑み、頷き返し、シリウスは駆け出した。







 リリーを送り出し、彼女がグリフィンドールに進んだことを確認すると、は一人安堵した。

 ああ言ったものの、正直リリーがスリザリンになったらどうしよう、と心配していたのだ。

 寮の入寮基準に「純血」は無いはずだから、そういう展開も十二分に考えられたのである。

「パパの頃には混血の人も居たって言うしねぇ・・・」

!」

 呼ばれた。

 順番が来たのだ。

 今まで呼ばれた誰よりも楽しそうに、は椅子を目指して歩き出した。



 視界が黒一色に染まる。

『君は・・・シャロンの娘か』

 突如、頭の中に声が聞こえた。

「―――帽子・・・さん?―――」

 尋ねると、頭の上で帽子が身をくねらせた。

『そうだ』

 どうやら、頷いていたらしい。

『ふむ。薔薇水晶の守護者にはいつも悩ませられる。君はどこに入れたものかな?』

 その問いに、は少し悩んだ。

 答えは、すぐに出た。

「―――どこでもいいよ―――」

『どこでも?』

「―――うん。『どう転んでも、それが運命ならば私達は逆らえない』、でしょ?―――」

 帽子の下でニッと笑う。帽子もそれにあわせ、声をあげて笑った。

『シャロンの受け売りだな? なるほど。

しかし、果たして君はそれを信じ続けることができるのかね?』

「―――え?―――」

『何があっても、例えば身を切り裂かれそうな酷い出来事があったとしても、君はその言葉を言うことができるだろうか?』

「―――どういう・・・―――」

 唐突に、帽子は真剣な声を出した。



『油断をするな、薔薇水晶の守護者よ。困難を乗り越え、強い心を持ち続けろ。

いつか必ず訪れるであろう「そのとき」に、君が今と同じ事を言えるよう、祈っている。

――――――グリフィンドール!!」



 最後は大広間全体に向かって、帽子が叫んだ。

 爆発的なグリフィンドールの歓声と、他の寮の悔しそうな声が広間を満たした。

 帽子を取るとき、声が聞こえた。

『そうそう、入学おめでとう』

 一瞬呆気に取られ、は笑う。

「遅いでしょ」

 思わず声に出した。

 左耳のイヤリングが、人知れず紅く染まった。

 黒のローブの内側に、グリフィンドールの深紅が見え隠れする。

 それを誇らしげに翻し、彼女は走った。



「リリー! シリウスー!」

「「!」」

 二人は近い席に座っていた。なんだかんだ言って、やはり心細かったのだろう。

「いえーい。グリフィンドールー」

 ピースをして、おまけにウインクまでしてから、彼女はリリーの隣の席に腰を下ろした。

「良かった! 同じ寮ね、!」

「うん! 部屋もおんなじかな? そうだったら嬉しいね。

シリウスも。同じ寮でよかったね」

「ああ。その・・・さっきは、ありがとう」

 照れくさそうに顔を背けて言うシリウス。

「・・・なんかしたっけ、あたし」

「・・・・・・もういいよ」





 船で一緒になった男の子二人も、グリフィンドールだった。

 そして、有言実行。ジェームズもグリフィンドールのテーブルに駆けて来た。

「シーリウスー! ー! エーバーンースー!」

「ジェームズ! やったな、同じりょ・・・ぐふっ!」

 ジェームズの体当たりで、シリウスが後ろに倒れた。

 しかし、彼はそんなものはお構いなしにリリーの元へと駆けた。彼女の手をとる。

「いやいや、コレもひとつの運命だねっ。きっと僕らは赤い糸で小指をかたーく結ばれているんだよ。

四分の一の確率なんかちょちょいのちょい・・・」

「オイ、ジェームズ」

 シリウスが立ち上がった。拳を握り締め、指を鳴らす。

「あはは、シ、シリウス・・・」

「お前よくも・・・!」

「わー! ごめん! ごめんってば!」

「ちょっとあなた達、少し静かにしなさいよ!」

 組分けの途中なのに大騒ぎを繰り広げる三人。

 はその中に入ろうとしたが、帽子の声に気をとられ、壇上を見た。

「――――――スリザリン!!」

 帽子を取った男の子は、顔を上げずに席を立つ。

 しかしにはその少年に見覚えがあった。

「あ・・・・・・」

「どうしたの?」

 漏らした声に、リリーが反応した。

 心配そうに顔を覗かれる。

「ううん、なんでもないー」







 果たして、猫が大広間に居ていいものだろうか。

 組分けの終わりが近付くにつれ、多くの生徒達がそう思い始めた。

 たくさんの好奇の目にさらされ、は小さな溜め息をついた。

「宴会が終わるまで、あと何時間・・・?」

「んー・・・一時間と少し、じゃねぇか?」

「まだあと一時間も・・・」

 カレッジの答えを聞いて、がっくりと肩を落とす。

 ホグワーツの後継者は一番最後に組分けをする、なんて、一体誰が考えたのだろう。

 もう一度溜め息をつく。

「幸せ逃げるぞ」

「もう逃げ切ったと思うよ」

「ホグワーツ・!」

 マクゴナガルが名前を呼んだ。

 生徒の間に衝撃が走る。

「ホグワーツ?」

「じゃああの子が後継者なの?」

「え、どんな奴? 見えないんだけど!」

 ざわざわと広がる声を綺麗に無視して、は壇上に上がった。

 椅子に座ると、さすがにこの時ばかりはカレッジも肩から降り、足元で主に跪いた。

 帽子が頭に乗る。

 視界を遮られる一瞬前、「ホグワーツ」を見ようと、生徒達が身を乗り出しているのが目に入った。



『今日はなんて珍しい日なんだ・・・』

「―――・・・え、誰?―――」

『帽子だよ、帽子。今君の頭の上に乗っている素敵な帽子さ』

 このぼろぼろな帽子の、どこをどう素敵と形容すれば良いのだろうか。

「―――歌うところは、素敵かもしれない・・・―――」

『ん? どうしたね?』

「いえ、なんでもないです」

 そう言った瞬間、はしまった、と思った。

 帽子に伝えるだけなら、声なんて、出す必要はないのに。

 足元でカレッジが笑っているのが分かる。―――なんとなく悔しい。

『ははは、誰でも大抵、この間違いを犯すものだ。気にすることでもない。

さて、君はどこに入れようか。いや、本来ならばどこでもいいのだがな。なにせ、全ての血を受け継いでいるのだから』

「―――それならあなたをかぶる必要なんて、無いんじゃないですか?―――」

『うむ、そうとも言えるが、しかしそんな悲しいことを言わないでおくれ。わたしは君に祝福を授けなければならない。

それが、この「組分け帽子」が創設者達から言いつけられた、大事な「使命」なのだ』

「―――祝福?―――」

 の時と同じように、帽子が頷いた。

『左様』

 そう言うと帽子は、再び口を開き、歌い始めた。

 大広間では、息の音すら聞こえない。





「一千年の遥か昔

気高き学び舎の創始者は

彼らが子孫のその他に

この地を守る存在の

必要性を語りけり



勇猛果敢なグリフィンドール

賢明公正レイブンクロー

温厚柔和なハッフルパフ

俊敏狡猾スリザリン



赤子に四つの血を与え

学び舎の祖と定めし時

冠したものは輝く瞳



四人の偉大な創始者の

その生き血を継ぐ申し子に

僭越ながらこのわたし

組分け帽子が授けよう

若き瞳が輝いて

青きを魅せる祝福を



如何なるときも君だけは

自分を信じて突き進め

見据えるものを迷わずに

ただまっすぐに歩むがいい

この祝福の意を違えるな



授けられしまことの意味を

君がこの後探すため

「使命」を終えた組み分け帽子

「役目」を果たす時が来た

闇を芯から照らし出す

黎明の世継ぎはどの寮へ?



答えは出たか、創設者

準備はいいか、後継者

それでは参ろう



――――――いざ、グリフィンドールへ!!」





 帽子が叫んだ瞬間、大広間が拍手と歓声に包まれた。

 グリフィンドール生は勿論のこと、選ばれなかった他の寮の生徒も、なんとスリザリン生までもが拍手をして歓声を上げている。

『おかえり。私達は長い間、君を待っていた。

そしてようこそ、ホグワーツ魔法魔術学校へ。入学、おめでとう』

「―――・・・ありがとう―――」







 ホグワーツ校で過ごす最初の夜。

 深紅の帳が彼らを包む。





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